はじめに

近年では、退職した従業員が企業・法人に対して未払い残業代を請求するケースが増加しています。特に中小企業においては、従業員にサービス残業をさせているケースが多々あります。しかし、たとえ企業・法人と従業員との間で、暗黙の了解のもとにサービス残業が行われていたとしても、従業員から未払い残業代の請求を受けた場合には、企業・法人としては支払わざるを得ないケースが大半です。近年では、労働者の権利意識が高まり、インターネット等で残業代請求に関する情報が容易に入手できるようになったことから、企業・法人が未払い残業代を請求されるケースが増えているため、注意が必要です。

残業代請求の時効は2年であるところ、最も典型的な事例である退職した従業員から2年分の未払い残業代を請求されるケースでは、企業・法人が支払わなければならない金額は数百万円に及ぶのが通常です。また、訴訟では、企業・法人の残業代不払いの程度・態様や労働者の不利益の内容・程度など諸般の事情を考慮して、最大で未払い残業代と同額の付加金の支払というペナルティを課せられることもあります(つまり、最大で未払い残業代の2倍の金額の支払を命じられる可能性があるということです)。さらに、残業代の請求をしてくる従業員が1人であればまだしも、複数の従業員から未払い残業代を請求されると、企業・法人の経営に大きな打撃を与えることになります。体力のない企業・法人であれば、倒産の危機に直面してしまうかもしれません。

そこで、企業・法人としては、残業代問題に関して、未払い残業代の請求を受けた場合には適正に解決を図っていくことはもちろん、残業代請求を発生させないための適切な予防策を講じていくことが大切です。

残業代請求を受けた場合の対応

未払い残業代の請求は、退職した従業員が自分で請求をしてくるというケースもありますが、弁護士に依頼して請求をしてくることが大半です。退職した従業員が立てた弁護士から郵便が送付されてくる、あるいは裁判所から訴訟や労働審判の書類が送付されてくるという形で、残業代請求を受けるケースが多いでしょう。企業・法人が残業代請求を受けた場合に取るべき対応について、以下でご説明させていただきます。

残業代請求を受けた場合の初動対応

退職した従業員が立てた弁護士からの郵便が届いた場合には、まずはその郵便に書かれてある内容をよく確認してください。「〇〇〇万円を〇〇日以内に」などの請求額と期限が記載されている場合であっても、必ずしも期限内に請求額どおり支払わなければならないというわけではなく、残業代の支払に応じるべきかどうか、支払に応じるとしても支払額をどうするかという点を、まずは慎重に検討しなければなりません。具体的な返答や支払をする前に、まずは残業代問題に詳しい弁護士にご相談いただくのがよいでしょう。郵便に記載された期限内に弁護士への相談をすることが難しい場合には、退職した従業員が立てた弁護士には「こちらも弁護士に相談したうえで返答する」とだけ連絡し、早めに弁護士への相談に臨んでいただければよいでしょう。なお、退職した従業員が立てた弁護士からの郵便を放置すると、交渉による解決が困難であると判断されて、訴訟や労働審判を提起してくる可能性が高いため、無視をしてはいけません。

退職した従業員が立てた弁護士からの郵便には、具体的な未払い残業代の請求額などではなく、未払い残業代の金額を計算するためのタイムカードなどの開示を要求する旨が書かれているというケースもあります。ここで、企業・法人がタイムカードなどの開示に応じなければならないかどうかですが、企業・法人のタイムカードの開示義務を認めた下級審の裁判例もありますので、安易にタイムカードなどの開示に応じない旨の回答をすることにはリスクがあります。まずは残業代問題に詳しい弁護士にご相談のうえ、タイムカードなどの開示に応じるかどうか、応じるとしても開示の範囲をどうするかなどを、慎重に検討・判断していく必要があります。

裁判所から訴訟や労働審判の書類が届いた場合には、直ちに書類の内容を確認するとともに、訴訟や労働審判といった裁判所での手続に向けた準備を進めていくことが必要となります。このような裁判所からの書類を放置すると、退職した従業員の主張に従った未払い残業代の支払を裁判所から命じられることになるため、無視をしてはいけません。また、裁判所での手続に臨むにあたっては、十分な事前準備をしないと不利な戦いを強いられることとなるため、早めに残業代問題に詳しい弁護士にご相談いただくことをお勧めします。

残業代の金額を争う場合のポイント

未払い残業代の請求を受けた場合であっても、残業代の金額を争うために企業・法人が主張できるポイントは色々とあります。まずは、労働時間数・残業時間数です。従業員が主張する労働時間数・残業時間数は正しいのか、その労働時間数・残業時間数を裏付ける証拠はあるのか、逆に従業員が主張する労働時間数・残業時間数が正しくないことを裏付ける反証はあるのかなど、慎重に検討していくこととなります。

また、固定残業代(定額残業代)や変形労働時間制など、残業代を抑制する制度を導入している場合には、その制度の適用を前提に請求額からの引き下げを主張していくこととなります。ただし、固定残業代(定額残業代)や変形労働時間制の制度については、有効に適用されるための要件を満たしていることが前提であり、その要件を満たしていないために請求額からの引き下げが認められないということもあり得ますので、注意が必要です。

さらに、未払い残業代を請求してきた従業員が「管理監督者」に該当する場合には、深夜労働(午後10時から午前5時までの間の時間帯の労働)以外の残業代を支払わなくてもよいものとされています。しかし、管理監督者に該当するためには、形式的に役職が部長や課長であるというだけでは足りず(管理監督者と管理職は、イコールではありません)、①その従業員が経営者と一体的な立場にあること、②出社・退社や勤務時間について厳格な制限を受けていないこと、③その地位にふさわしい待遇がなされていることという厳しい要件を満たさなければなりません(さらに言えば、これらの要件を満たすことを、証拠によって立証できなければなりません)。中小企業の部長や課長においては、管理監督者に該当する(深夜労働以外の残業代を支払わなくてもよい)とは言えないケースが大半であるのが実情ですので、管理職だから残業代を払っていないという企業・法人においては、注意が必要です(なお、「管理職には、残業代の代わりに、役職手当などを支払っている」という企業・法人も散見されますが、裁判所では残業代の支払を免れる根拠として通用することはありません)。

以上のほかにも、残業代の金額を争うために主張できるポイントが色々とあります。残業代請求の問題に詳しい弁護士にご相談・ご依頼いただいた上で、適切な戦略を練っていくのがよいでしょう。

残業代請求の事案の解決にあたっての考え方

未払い残業代の請求を受けた企業・法人の経営者としては、様々な思いや考えをもって対応に当たることになると思います。企業・法人の経営者としては、残業代請求をしてきた従業員に対して、怒りや恨みの感情をお持ちになることもあろうかと存じます。また、企業・法人の経営者として、従業員に舐められてはいけないという思いをお持ちかもしれません。そこで、上記の「残業代の金額を争う場合のポイント」でご説明させていただいた事項など、残業代の金額を争う材料があるのであれば、とことん戦っていくという選択肢があるでしょう。

一方で、現時点では退職した従業員の1人が未払い残業代を請求してきているだけであるものの、紛争解決を長引かせることで他の退職した従業員にも残業代請求の動きが広がるのではないかという懸念もあるかもしれません。他の従業員との関係も考慮しながら、まずは話し合いに応じた上で、早急な解決を目指すべきケースもあるでしょう。

また、実際に請求を受けた未払い残業代の問題を解決していくことはもちろんですが、今後は二度と同種の問題を発生させないように、適切な対策を講じていくという観点も必要です。残業代問題を発生させないための対策については、下記でご説明させていただきます。

残業代問題を発生させないための対策

未払い残業代の問題については、トラブルを発生させないための予防策を適切に講じていくことが非常に大切です。残業代問題を発生させないために企業・法人が取るべき対策について、以下でご説明させていただきます。

労働時間・残業時間の管理

未払い残業代の請求を受けた企業・法人においては、労働時間・残業時間の適切な管理が行われていないケースが散見されます。未払い残業代の請求を受けた際に、企業・法人が労働時間数・残業時間数を争うための証拠を出せないことは、企業・法人にとって極めて不利に働くことがあります。本来は、労働時間数・残業時間数を立証しなければならないのは従業員の側であると考えられていますが、法律上は、企業・法人には従業員の労働時間・残業時間の管理義務があるとされており、企業・法人がこの義務を果たしてないと考えられる場合には、裁判官が労働時間数・残業時間数について企業・法人にとって不利な心証を持つおそれがあるのです(つまり、従業員の主張する労働時間数・残業時間数が支持され、残業時間数および未払い残業代の金額が高く認定されてしまうおそれがあります)。

したがって、企業・法人は、残業代問題を発生させないための対策として、まずは従業員の労働時間・残業時間を適切に管理していく必要があります。従業員の労働時間・残業時間をどのような方法で管理していくべきかについては、その企業・法人の業種や従業員の勤務実態などによってケースバイケースですが、例えばタイムカードや業務日報・作業日報によって管理することなどが考えられるでしょう。

また、たとえ企業・法人が残業の指示をしていない場合であっても、従業員が終業時間後も勝手に居残って業務を続けていれば、その時間が残業時間としてカウントされる危険性が高いです。従業員が終業時間後に業務をするでもなく、他の従業員の仕事が終わるまでただ待っているなどのケースにおいてさえ、後々その従業員が企業・法人の事業所を出るまでの時間帯を残業時間に計上して、未払い残業代を請求してくることがあり得ます。そこで、残業をする場合には事前に企業・法人に申請をして許可を得なければならないという許可制を導入した上で、残業の許可を得ていない従業員が終業時間後に企業・法人の事業所内に居残ることを禁止するという措置を取ることなどが考えられます。

労働時間・残業時間の管理のために具体的にどのような方法を用いるかについては、残業代問題に詳しい弁護士にご相談の上で、ご判断いただくのがよいでしょう。

残業代の発生を抑制する制度の活用

残業代問題を発生させないための予防策としては、上記のような労働時間・残業時間の管理を徹底するとともに、残業代の発生を抑制する制度を適切に導入・運用していくことが考えられます。残業代の発生を抑制する制度には様々なものがあり、どの制度を導入・運用していくべきかについては、その企業・法人の業種や従業員の勤務実態などによってケースバイケースですが、主な制度としては固定残業代(定額残業代)の制度、変形労働時間制があります。

固定残業代(定額残業代)とは、残業代をあらかじめ定額に固定してしまう制度のことを言います。例えば、月額賃金を30万円とし、うち6万円が固定残業代30時間分であると定めるなどです。固定残業代の制度を導入することで、残業代の発生を大幅に抑制することが可能となります。しかし、固定残業代の制度が有効とされるためには、就業規則や雇用契約書で固定残業代を支給する旨が明確に規定されていることや、固定残業代がそれ以外の賃金と明確に区分され、固定残業代の金額および何時間分の残業代を含むものであるのかが明確に定められていることなどの要件を満たす必要があります。実際には、就業規則や雇用契約書で固定残業代の制度を取り入れているものの、無効と判断される可能性が高いケースは多く見受けられますので、注意が必要です。なお、業務手当、配送手当、長距離手当、特別手当などの名称の手当を毎月定額支給しているから、残業代を別途支給していないという事例が散見されますが、固定残業代の制度が導入されているものと認められることはありません。

また、変形労働時間制とは、所定労働時間を1か月単位や1年単位など、一定期間の総労働時間に置き換えて、労働時間を弾力的に配分させることが認められる制度のことを言います。所定労働時間とは、1日8時間・1週間40時間のことであり、これを超える労働が発生した場合には、残業代が発生することとなります。そして、ある日の労働時間やある週の労働時間が所定労働時間を超えた場合には、業務量が少ない日や週の労働時間を短くすることでバランスを取っても、残業代は発生してしまうのが原則です。しかし、例えば、第1週と第4週に業務が集中する企業・法人において、「1か月単位の変形労働時間制」を導入し、労働時間を第1週43時間、第2週37時間、第3週37時間、第4週43時間などと設定することで、残業代の発生を防止することができます。しかし、「1か月単位の変形労働時間制」を導入するにあたっては、労使協定または就業規則で、変形期間や変形期間中の各日および各週の労働時間をあらかじめ定めたうえで、労働基準監督署長に届け出る必要があります。あらかじめ労働日や労働時間について予測が立てづらい業種や企業・法人では、変形労働時間制の導入には不向きであると言えます。

残業代の発生を抑制する制度として、どのような制度を導入・運用していくかについては、残業代問題に詳しい弁護士にご相談の上で、ご検討いただくのがよいでしょう。

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八戸シティ法律事務所では、未払い残業代請求を受けた場合の対応、労働時間・残業時間の管理や固定残業代(定額残業代)・変形労働時間制の導入・運用のサポートなど、残業代問題に関する法的サービスを提供させていただくことが可能です。また、これまでにも、数々の残業代問題を解決に導いてきた実績がございます。残業代問題についてお困りの企業・法人様がいらっしゃいましたら、八戸シティ法律事務所にご相談いただければと存じます。

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