はじめに

従業員の退職時には、業務の引き継ぎ、資格取得費・研修費の返還、従業員・顧客の引き抜きなど、様々な法的課題が発生します。企業・法人としては、従業員退職時のトラブル防止のために、適切な対策を取っておく必要があります。

そして、従業員退職時は、様々なトラブルが発生しやすいタイミングです。企業・法人としては、万が一トラブルが発生した場合には、解決に向けて適切に対応していかなければなりません。

業務の引き継ぎをめぐるトラブルの防止

退職時の業務の引き継ぎは、雇用契約上、従業員の義務であるとされています。しかし、従業員が退職時に有給休暇の大量消化を申請し、退職までの出勤をしないことを主張するなどして、業務の引き継ぎを行わないというトラブルが起こり得ます。

これに対し、企業・法人としては、従業員退職時の有給休暇の取得を一方的に制限できる確実な手立てはないのが実情です。企業・法人としては、退職する従業員に対し、業務の引き継ぎをいかにスムーズに履行させるかが大切です。そのための対策としては、次のような方法が考えられます。

①就業規則に業務の引き継ぎの義務を設け、これに違反した場合には懲戒処分の適用や退職金の不支給があることを規定すること。
②従業員に有給休暇の計画的な取得を促し、退職時の有給休暇の大量消化を防止すること。③従業員の退職時に有給休暇の残日数に応じて金銭を交付することで合意し、従業員に業務の引き継ぎを行ってもらうこと。
④従業員に休日出勤を命じて業務の引き継ぎをさせ、業務命令違反に対しては懲戒処分を検討すること。

ただし、退職時の業務の引き継ぎの不履行に対し、安易に重い懲戒処分や退職金の不支給を行うと、従業員とのトラブルに発展して企業・法人側が不利な結果となることがあり得ます。また、従業員の有給休暇を企業・法人が強制的に買い上げることはできませんし、休日出勤を命じる場合には、36協定の届出を行っていることや、休日労働の割増賃金を支払うことが必要であるなど、注意すべき事項が多々あります。一方で、働き方改革により有給休暇の計画的取得が制度化されておりますので、退職時の有給休暇の大量消化を抑制しやすい環境となりつつあります。

退職時の業務の引き継ぎについては、複数の選択肢の中から、企業・法人の実情に合ったものを採用し、適切に運用していくことが大切です。

資格取得費・研修費の返還請求

企業・法人が従業員に資格取得費・研修費をかけてきたのに、すぐに退職してしまうというトラブルが起こり得ます。これに対し、企業・法人が従業員に対して資格取得費・研修費を貸し付け、資格取得・研修修了後に一定期間勤務しないと、資格取得費・研修費の返還を義務付けるという制度がよく見られます。

一方で、このような制度は、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定める労働基準法16条に違反するのではないかという問題があります。数々の裁判例からすると、資格取得費・研修費の返還請求が認められるかどうかは、次のような要素を総合的に考慮して判断されます。

①資格取得費・研修費の返還に関する従業員との合意または労務関連規程上の根拠があること(前提)。
②資格取得・研修参加に関する従業員の自主性・自由意思の有無。
③資格・研修の内容と企業・法人の業務との関連性、従業員個人の利益。
④退職が制限される期間。
⑤返還の範囲・返済の方法(分割払いなど)。

つまり、資格取得費・研修費の返還請求が認められるためには、従業員との合意または労務関連規程上の根拠があることが前提条件となります。また、資格取得・研修参加が従業員の自主性・自由意思によるものではなく、企業・法人の方針による強制であれば、資格取得費・研修費の返還請求は難しいでしょう。

そして、資格・研修の内容から判断して、企業・法人の業務との関連性が強く、従業員の個人的な利益となる面が弱ければ、資格取得費・研修費は本来企業・法人が負担すべきものと言えることから、返還を請求することはできないという判断になります。これに対し、資格・研修の内容と企業・法人の業務との関連性が弱く、従業員の個人的な利益となる面が強ければ、資格取得費・研修費は本来的には従業員の負担に帰するべきものと言えますから、返還を請求できるという判断に傾きます。

さらに、資格取得費・研修費の返還が免除されるまでの期間が長すぎないか、勤続の期間や給与の額などに照らして返還の範囲・返済の方法が過酷ではないかなどの事情も、返還請求が認められるかどうかの判断において考慮されます。

資格取得費・研修費の返還請求をめぐるトラブルを回避するためには、資格取得費・研修費の返還に関する従業員との合意書や、労務関連規程上の根拠規定を整備することが必要となります。また、資格・研修の内容に照らして費用の返還請求が適切であるかどうか、退職を制限する期間や返還の範囲・返済の方法をどう設定するかについて、慎重に検討する必要があります。さらに、資格取得・研修参加が従業員の自主性・自由意思によることを、申込書などの書面で明確化しておくことが必要となります。

従業員・顧客の引き抜きの防止

従業員退職時に発生するトラブルの一類型として、従業員・顧客の引き抜きの問題があります。従業員・顧客を引き抜く行為は、理屈上、在職中は雇用契約上の誠実義務に違反するものと評価されますが、退職後は原則として誠実義務違反とされることはありません。

企業・法人としては、在職中および退職後の従業員・顧客の引き抜きの禁止について、就業規則で規定しておく必要があります。また、入社時および退職時に、従業員・顧客の引き抜きを行わないことを記載した誓約書にサインをさせるようにしましょう。ただし、従業員・顧客の引き抜きを無制限に禁止することは、職業選択・営業活動への制約が過大であるとして、違法・無効とされるおそれがあります。禁止期間は2年程度までであれば問題がないとされることが多いですので、2年以内の従業員・顧客の引き抜きの禁止を定める内容としましょう。

合わせて、従業員・顧客の個人情報や企業秘密の持ち出しを防止するために、秘密保持誓約書へのサインを求めるのがよいでしょう。

また、企業・法人の実情や従業員の立場などから、従業員・顧客の引き抜きのみならず、競合他社に転職することや、同種の事業を営むことを禁止する対応が必要となることもあり得ます。この場合にも、就業規則上の規定を整備することや、入社時および退職時に競業禁止誓約書にサインをさせる形を取ることになります。ただし、従業員・顧客の引き抜きの禁止と比較して、職業選択・営業活動への制約が大きいことから、企業・法人側の不利益、従業員の地位、競業禁止の範囲・期間、代償措置(高額の賃金・退職金の増額など)の有無などに照らし、必要最小限の制約でなければ、競業避止義務が無効とされてしまいます。

なお、従業員・顧客の引き抜きなどを防止するためには、上記のように、就業規則で規定しておくことや、誓約書にサインをさせることが必要です。ここで、就業規則で規定しておけば、誓約書にサインをさせる必要はないのかという問題があります。そして、従業員に誓約書にサインをさせるにしても、入社時または退職時のいずれかにサインをさせれば足りるのではないかという問題があります。

結論を申し上げますと、就業規則上の規定と誓約書へのサインは、両方備えておくべきです。なぜなら、就業規則に定めただけでは、トラブルになった際に就業規則の有効性(就業規則の作成の手続の不備など)が問題とされることがあるため、従業員との個別の合意の形も一応取っておいた方が安全だからです。従業員が就業規則の内容を細かく把握しておらず、就業規則に定めるだけでは従業員への注意喚起として弱いことも理由です。また、従業員退職時には、誓約書へのサインを拒否してくることも想定されますので、退職時にサインをさせればよいだろうと軽く考えてはいけません。これから入社する従業員が誓約書へのサインを拒否することは少ないですので、入社時にサインをさせるのがよいでしょう。

なお、競合他社に転職することや、同種の事業を営むことを禁止する誓約書へのサインについては、従業員がこれらを禁止すべき地位に昇進するタイミングでサインをさせることが考えられます。

その他の対応事項

その他、従業員退職時には退職届を提出させ、退職勧奨による退職の場合には、退職の条件を記載した退職合意書を取り交わすことなどが必要となります。また、従業員退職時は、残業代問題やパワハラ・セクハラなど、様々なトラブルが発生しやすいタイミングです。万が一トラブルが発生した場合には、企業・法人としては、解決に向けて適切に対応していくことが求められます。

弁護士にご相談ください

八戸シティ法律事務所では、従業員退職時のトラブル防止のために、就業規則・労務関連規程の整備・運用サポート、資格取得費・研修費の返還に関する従業員との合意書の整備・運用サポート、競業避止誓約書・秘密保持誓約書などの整備・運用サポートなど、充実した法務サービスを提供させていただきます。また、従業員退職時に発生したトラブルに関する交渉・訴訟対応についても、しっかりとサポートさせていただきます。

従業員退職時の法務についてお悩みの企業・法人様がいらっしゃいましたら、是非一度、八戸シティ法律事務所にご相談ください。

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