はじめに

労働災害(労災)は、企業・法人を悩ませる深刻な問題です。
業務中の労働災害について、企業・法人側に過失(落ち度)があると認められる場合には、被害者側から損害賠償の請求を受けることがあります。
近年では、労働者側の権利意識が高まっていること、インターネットで労働災害や損害賠償に関する情報を容易に入手できることなどの背景から、企業・法人が損害賠償をめぐる法的トラブルに直面するケースが増加しています。

労災保険と損害賠償

労災保険は、一定の例外を除いて、従業員を雇用する企業・法人が必ず加入しなければならない強制保険です。
労働災害が発生した場合、企業・法人側の過失の有無にかかわらず、労災保険で定められた基準に従って、被害者側に対して保険給付が行われます。

一方で、労働災害の発生について、企業・法人側に過失があると認められる場合には、企業・法人は被害者側に対して損害賠償の責任を負います。
労災保険の適用を受けることで、治療費や休業損害の一部などが保険給付によって補償されますが、労災保険では慰謝料の補償がゼロであるなど、被害者側の全損害の補償には足りません。

被害者側の損害のうち、労災保険では補償されない部分は、企業・法人側の損害賠償リスクとなります。
このような損害賠償リスクは、被害者が死亡した場合や後遺障害が残った場合には、非常に高額なものとなりますので、企業・法人としては、使用者賠償責任保険(労災保険の上乗せ保険)を導入するなど、リスク回避を図ることも検討するべきでしょう。

損害賠償の法的根拠

企業・法人側が労働災害(労災)による損害賠償の責任を負うのは、使用者責任や安全配慮義務違反が認められる場合です。

使用者責任

使用者責任は、他の従業員の過失によって労働災害が発生し、被害者側に損害を負わせた場合に問題となります。
このような場合、加害者となった従業員は、次の要件による不法行為責任(民法709条)が成立すれば、被害者側に対する損害賠償の責任を負います。

【不法行為責任の成立要件】
①加害者に故意または過失が存在すること
②被害者の権利を侵害したこと
③被害者に損害が発生したこと
④加害者の行為と被害者の損害との間に因果関係が存在すること

そして、加害者本人だけではなく、加害者を雇用等している企業・法人についても、次の要件による使用者責任(民法715条)が成立すれば、被害者側に対する損害賠償の責任を負います。

【使用者責任の要件】
①加害者と会社との間に使用・費用の関係が存在すること
②被用者の行為について不法行為責任が成立すること
③被害者の損害が会社の事業の執行について加えられたものであること

また、自社の代表者の行為によって労働災害が発生した場合、企業・法人は会社法350条等(同条では、会社は、代表取締役がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う旨が定められています。
会社以外の法人についても、各法律で同様の規定があります)に基づき損害賠償責任を負います。

安全配慮義務違反

企業・法人は、従業員が生命・身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務を負います(労働契約法5条)。
この義務のことを、安全配慮義務と言います。
企業・法人の安全配慮義務違反によって労働災害が発生した場合には、企業・法人は被害者側に対して損害賠償の責任を負います。

労働安全衛生法などの労働安全衛生関係法令に違反している場合には、原則として安全配慮義務違反と認められます。
そして、労働安全衛生関係法令を守ってさえいれば足りるというわけではなく、労働安全衛生関係法令に違反していなくても、安全配慮義務違反と認められるケースもあります。
安全配慮義務の内容は、過去の裁判例から、次のように分類することができます。

【設備・作業環境】
①施設、機械設備の安全化あるいは作業環境の改善対策を講ずる義務
②安全な機械設備、原材料を選択する義務
③機械等に安全装置を設置する義務
④労働者に保護具を使用させる義務
【人的措置】
①安全監視人等を配置する義務
②安全衛生教育訓練を徹底する義務
③労働災害の被害者、健康を害している者等に対して治療を受けさせ、適切な健康管理、労務軽減を行い、必要に応じ、配置換えをする義務
④危険有害業務には有資格者、特別教育修了者等の適任の者を担当させる義務

損害賠償額

企業・法人が労働災害(労災)による損害賠償の責任を負う場合、賠償の対象となる損害の範囲は、様々な損害項目にわたります。
具体的には、治療費、休業損害、傷害慰謝料(入通院期間に応じた慰謝料)のほかに、後遺障害が残った場合には後遺障害逸失利益(後遺障害の影響による将来の減収)、後遺障害慰謝料(後遺障害の程度に応じた慰謝料)、死亡事故の場合には死亡逸失利益(死亡によって失われた将来の収入)、死亡慰謝料(死亡に対する慰謝料)、葬儀費用などが損害賠償の対象となります。

上記の損害賠償の範囲に対して、労災保険からの填補があるのは、治療費と休業損害の一部などですが、傷害慰謝料・後遺障害慰謝料・死亡慰謝料については一切填補がなく、後遺障害逸失利益・死亡逸失利益についてもごく一部しか填補がありません。
損害賠償において、大きな比重を占めるのは、傷害慰謝料・後遺障害慰謝料・死亡慰謝料や後遺障害逸失利益・死亡逸失利益なのですが、金額にして数百万円、数千万円または1億円以上の規模となることもあり得ます。
損害賠償をめぐるトラブルが発生した場合には、弁護士による対応が不可欠となるでしょう。

なお、労働災害の発生・損害の拡大に関して被害者に過失(落ち度)がある場合には、これを考慮して損害賠償額が減額されます(過失相殺)。
また、被害者が損害を被ったのと同じ原因で何らかの利益を受けた場合には、その利益が損害賠償額から控除されることとなります(損益相殺)。
労働災害では、被害者に過失があるケースが多々ありますので、労働災害の状況や過失の内容・程度について、慎重に調査・検討するべきです。

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