この記事を書いた弁護士

弁護士・木村哲也
青森シティ法律事務所 代表・所長
八戸シティ法律事務所 代表
主な取扱い分野は、労務問題(企業側)、契約書、債権回収、損害賠償、ネット誹謗中傷・風評被害対策・削除、クレーム対応、その他企業法務全般です。八戸市・青森市など青森県内全域の企業・法人様からのご相談・ご依頼への対応実績が多数ございます。
1 弁明の機会付与とは?
弁明の機会付与とは、懲戒処分・懲戒解雇に先立って、非違行為を起こした従業員本人の言い分を聞く手続のことです。
聴取する事項は、非違行為とされる事実が真実かどうか、非違行為に及んだ理由・動機、非違行為に対する現時点での考え(反省など)、弁解・反論などです。
企業としては、本人の言い分も聞いたうえで、懲戒処分を行うかどうか、どのような懲戒処分を行うかを判断することとなります。
懲戒処分・懲戒解雇は企業秩序を維持するための制裁罰であると考えられており、懲戒処分・懲戒解雇が有効とされるためには社会通念上の相当性が要求されます(労働契約法15条)。
企業は、非違行為の内容(行為の態様、結果の重大性、反復継続性など)、非違行為に及んだ理由・動機、反省の有無など様々な事情を総合して考慮し、懲戒処分を決定します。
そして、本人の言い分も考慮したうえで処分内容を決定することは、社会通念上の相当性を担保する事情の一つとなるのです。
なお、弁明の機会付与は本人の言い分を聞く機会を与えるものであり、機会を与えたにもかかわらず本人が弁明をしない(弁明の機会を放棄した)ときは、企業としては弁明を聞かずに懲戒処分の審査を進める対応となります。
2 弁明の機会付与の要否
(1)就業規則等に規定がある場合
就業規則等に「懲戒処分を行う際には弁明の機会を与える」旨の規定があるにもかかわらず、これを与えなかった場合、懲戒処分・懲戒解雇が無効とされる可能性が高いと考えられます。
この点、東京地方裁判所平成15年10月9日判決【千代田学園事件】は、処罰にあたり弁明の機会を与える旨が就業規則等に定められているにもかかわらず、これを与えなかったという理由により、懲戒解雇を無効と判断しました(控訴審である東京高等裁判所平成16年6月16日判決も、この判断を支持しました)。
一方で、岐阜地方裁判所令和6年11月28日判決は、「告知聴聞や弁明は、被処分者に、自身の処分をされるにあたって、自身の言い分を考慮してもらうといった防御の機会を与えるためにあると解されるところ、その機会が実質的にあったといえれば、弁明の機会であることを明言して場を設けたり、面前にて口頭で弁明する機会を与えたりすることまで要請されていないと解される」と判示しました。
そして、同判決は、本人が事情聴取を受けて始末書を作成・提出し、賞罰委員会において本人からの聴取内容を反映した書面および始末書が資料として配布されたうえで議論がなされ、懲戒解雇が決定されたという経緯から、弁明の機会が与えられたと言えると判断し、懲戒解雇を有効としました。
また、東京地方裁判所平成23年3月25日判決【NTT東日本事件】は、旅費の不正請求という非違行為について、本人面談による調査を実施し、日報等に基づく事実に近い旅費の内訳書や始末書を本人に作成させる過程を通じて、弁明の機会が付与されたと認定し、懲戒解雇を有効と判断しました。
したがって、就業規則等に定められた弁明の機会付与の手続が厳格に実施されていなくても、対象となる従業員本人から事業聴取するなどの過程において実質的に弁明の機会が与えられていると認められれば、懲戒処分・懲戒解雇が有効となり得ると考えられます。
(2)就業規則等に規定がない場合
弁明の機会付与は、法令上、これを義務付ける条項はありません。
そのため、就業規則等に「懲戒処分を行う際には弁明の機会を与える」旨の規定がない場合、これを与えなくても、懲戒処分・懲戒解雇が直ちに無効となることはないと考えられます。
この点、東京高等裁判所令和6年6月19日判決、宇都宮地方裁判所平成27年6月24日判決【ホンダエンジニアリング事件】、東京地方裁判所平成17年1月31日判決【日本HP社セクハラ解雇事件】などは、就業規則等に弁明の機会を与えることが規定されていない事案において、これを与えずに行った懲戒解雇を有効と判断しました。
一方で、就業規則等に弁明の機会を与えることが規定されていない事案において、これを与えずに行ったけん責処分を無効と判断した東京地方裁判所令和3年9月7日判決【テトラ・コミュニケーションズ事件】があります。
また、就業規則等に弁明の機会を与えることが規定されていない場合には、「弁解を聞く機会を与えることにより、事実認定や処分内容に影響を与える可能性があるときに限り、これを与えずに行った懲戒処分が違法となる」とする考え方(大阪高等裁判所平成11年6月29日判決【大和交通事件・控訴審】)や、「懲戒解雇などの重い処分とするときには、弁明の機会を与えるべきである」とする考え方(東京地方裁判所平成15年10月9日判決【全国調理師養成施設協会事件】)もあります。
以上を踏まえると、就業規則等に弁明の機会を与えることが規定されていない場合であっても、これを与えなければ、懲戒処分・懲戒解雇が無効とされたり、有効性の判断において一定の影響を受けたりする可能性があることは否定できません。
リスク回避の観点からは、就業規則等の規定の有無にかかわらず、弁明の機会を与えるべきであると言えるでしょう。
3 弁明の機会付与の時期
弁明の機会は、懲戒処分・懲戒解雇に先立って付与するものです。
懲戒処分・懲戒解雇を通知する際に(通知と同じ日時・場所で)対象となる従業員本人の言い分を聞いたとしても、弁明の機会を与えたことにはなりません。
したがって、弁明の機会付与は、懲戒処分・懲戒解雇とは別個の機会に行うようにしましょう。
なお、前掲の東京高等裁判所平成16年6月16日判決【千代田学園事件・控訴審】は、懲戒解雇の後に弁明の機会を与える旨の文書を送付し、回答書が提出されたとしても、弁明の機会付与の前にした懲戒解雇が有効となるものではないと判示しました。
したがって、弁明の機会付与は、懲戒処分・懲戒解雇に先立って行うようにしましょう。
また、非違行為に関する事情聴取を行う際に、事実上、本人の言い分を聞くこともあるでしょう。
このような場合でも、事情聴取とは別個の機会に、改めて弁明の機会付与を行うべきであると考えられます。
この点、前述のとおり、厳格な弁明の機会付与の手続が実施されていなくても、本人から事情聴取するなどの過程において実質的に弁明の機会が与えられていると認められれば、懲戒処分・懲戒解雇が有効となり得ます。
しかし、処分の有効性が事情聴取などの過程次第のケースバイケースとなるのはリスクであるため、弁明の機会付与の手続は事情聴取とは別個の機会に適正に実施するべきであると言えるでしょう。
4 弁明の機会付与の手続
(1)弁明の機会付与の通知
裁判や労働審判では、弁明の機会を付与したかどうかが争点となることがあります。
「弁明の機会を与える」と口頭で伝えるだけでは証拠に残りませんので、書面で通知するようにしましょう。
ここでは、弁明の機会付与通知書の書式例をご紹介いたします。
そのうえで、弁明の機会付与は、書面による手続と、面談による手続の2通りの方法が考えられます。
(2)書面による手続
書面による手続は、非違行為とされる事実が真実かどうか、非違行為に及んだ理由・動機、非違行為に対する現時点での考え(反省など)、弁解・反論などについて、対象となる従業員本人の言い分を記載した弁明書を提出させる方法により行うものです。
書面による手続では、本人から提出された弁明書の内容について疑義が生じた場合など、さらに書面のやり取りや面談による確認が必要となることもあります。
そのため、面談による手続の方がスムーズな場合もありますが、ケースバイケースとなります。
本人が感情的になりやすいとか、呼び出しに応じないなどの場合には、書面による手続の方が円滑に進められることもあるでしょう。
また、弁明書の存在は、弁明の手続を与えたこと、および本人の弁明内容を裏付ける確実な証拠となるという利点もあります。
(3)面談による手続
面談による手続は、対象となる従業員本人との面談の場を設け、非違行為とされる事実が真実かどうか、非違行為に及んだ理由・動機、非違行為に対する現時点での考え(反省など)、弁解・反論などについて、言い分を口頭で述べさせる方法により行うものです。
口頭でのやり取りとなるため、書面による手続よりも円滑・柔軟な対応が可能となることも多いでしょう。
一方で、やり取りの内容を記録化しておかなければ、後々証拠として使うことができなくなるおそれがあります。
そのため、企業側としては複数人で面談対応することとし、やり取りの内容を記録する担当者を置くとともに、面談内容を録音するようにしましょう。
5 重大な非違行為があった場合
重大な非違行為があった場合でも、弁明の機会を付与するべきか?と疑問に思われるかもしれません。
「非違行為が重大であり、これを裏付ける証拠も揃っているため、本人の言い分を聞いたとしても、懲戒解雇とするべきことはまず揺るがないだろう」という事案もあるでしょう。
しかし、弁明の機会を与える意味は、適正な手続を経ることにより、懲戒処分・懲戒解雇の相当性を担保することにあります。
そして、適正な手続による処分の相当性担保の要請は、非違行為が重大であれば無視してもよいということにはなりません。
また、重大な非違行為があった場合には、懲戒解雇などの重い処分が想定されるでしょう。
前述のとおり、「就業規則等に弁明の機会を与えることが規定されていない場合でも、懲戒解雇などの重い処分とするときには、弁明の機会を与えるべきである」とする考え方があることにも、注意しなければなりません。
したがって、非違行為の程度にかかわらず、弁明の機会を付与するべきであると考えられます。
なお、東京地方裁判所平成15年10月9日判決【千代田学園事件】は、非違行為が明らかであって誤認の余地がないとしても、弁明の機会を与える必要があると判示しました。
非違行為の存在が証拠により明らかであったとしても、弁明の機会付与を省略しないようにしましょう。
6 従業員が逮捕・勾留された場合
逮捕・勾留された従業員に対して懲戒処分・懲戒解雇を行う場合、弁明の機会付与に困難を伴うことがあります。
一方で、捜査機関に対して犯行を自白しているケースでは、企業秩序を乱したことが明白なことも多いでしょう。
このような場合にまで弁明の機会を与える必要があるのか?と疑問に思われるかもしれません。
しかし、弁明の機会付与により懲戒処分・懲戒解雇の相当性を担保する要請は、従業員が逮捕・勾留されている場合においても変わらないと考えられます。
そのため、犯罪行為を行ったかどうか、犯罪行為に至った経緯・動機、その他の情状(反省、示談など)について、留置施設に面会に行く、あるいは弁護人を通じて聴取するようにしましょう。
7 従業員から弁護士の同席を求められた場合
弁明の機会を与えることを通知した際に、対象となる従業員から「弁護士を同席させてほしい」という要望が出されることがあります。
この場合、従業員側の弁護士の同席を認めるかどうかは、基本的に企業が自由に決定することができます。
もっとも、企業が従業員側の弁護士同席の要望を拒否した場合、従業員が「弁護士の同席が認められない限り、弁明の場には出席しない」などと主張してくることもあり得ます。
この場合、企業としては、従業員が弁明の機会を放棄したものとみなして懲戒処分・懲戒解雇の手続を進めることには慎重になるべきです。
後々裁判や労働審判となったときに、弁明の機会付与が適正に行われたかどうかが争いとなりかねないからです。
むしろ、従業員側の弁護士の同席を認めることにより、十分な防御権を与えたことを意味し、より手厚い手続保障をしたと評価できるとして、懲戒処分・懲戒解雇の相当性を強めることができる可能性があります。
このような大局的な見地から、従業員側の弁護士の同席を認めるかどうかを検討することも大切です。
なお、弁明の機会はあくまでも本人の認識や考えを聴取する場であり、法的な交渉などを行う場ではありません。
そのことを踏まえ、従業員側の弁護士の同席を認める場合でも、弁護士からの積極的な発言は慎むように求めていくべきでしょう。
また、従業員側の弁護士が同席することに不安を感じるのであれば、企業側としても弁護士を同席させる対応が可能です。
8 労働組合から団体交渉の申入れがあった場合
弁明の機会を与えることを通知した際に、労働組合から懲戒処分・懲戒解雇をめぐる団体交渉の申入れがなされることがあります。
企業内に労働組合がなくても、対象となる従業員が地域ユニオン等の労働組合に加入し、その労働組合から団体交渉の申入れがなされることがあります。
この場合、団体交渉の場で非違行為の有無などに関する議論が行われることになります。
そのため、団体交渉自体を弁明の機会と位置付けることが可能です。
企業としては、団体交渉の内容を踏まえたうえで、懲戒処分を行うかどうか、どのような懲戒処分を行うかを判断するのが基本的な対応となるでしょう。
自社だけで団体交渉に対応することに不安があれば、弁護士を同席させることもできます。
なお、法律上、企業には団体交渉に応じる義務があるとされており、正当な理由なく団体交渉を拒否することは禁止されています(労働組合法7条2号)。
9 懲戒処分・懲戒解雇については当事務所にご相談ください
以上のように、弁明の機会付与の手続を適正に実施しなければ、懲戒処分・懲戒解雇が後々無効とされるリスクがあります。
懲戒処分・懲戒解雇を進める際には、弁護士に相談のうえで慎重に手続を進めていくことが大切です。
当事務所では、懲戒処分・懲戒解雇に関する助言、懲戒処分・懲戒解雇の手続サポート、懲戒処分・懲戒解雇をめぐる紛争対応など、幅広く対応することが可能です。
懲戒処分・懲戒解雇についてお困りのことがありましたら、当事務所にご相談いただければと存じます。
記事作成弁護士:木村哲也
記事更新日:2026年8月3日
「当事務所」の弁護士へのお問い合わせ方法
当事務所では、地域の企業・法人様が抱える法的課題の解決のサポートに注力しております。
お困りの企業・法人様は、ぜひ一度、当事務所にご相談いただければと存じます。
・お問い合わせフォーム:こちらをご覧ください。
上記のメールフォームによるお問い合わせも受付していますので、お気軽にお問い合わせ下さい。
上記のメールフォームによるお問い合わせも受付していますので、お気軽にお問い合わせ下さい。









