弁護士・木村哲也
代表弁護士

主な取扱い分野は、労務問題(企業側)、契約書、債権回収、損害賠償、ネット誹謗中傷・風評被害対策・削除、クレーム対応、その他企業法務全般です。八戸市・青森市など青森県内全域の企業・法人様からのご相談・ご依頼への対応実績が多数ございます。

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はじめに

従業員が採用選考時に病歴(既往歴)、犯罪歴、前職での懲戒処分歴を隠していた。
従業員採用時の履歴書に嘘の職歴、学歴が書かれていた。
従業員が採用時に申告した資格・免許を実は持っていなかった。

このような従業員採用時の経歴詐称が発覚した際に、その従業員を解雇することができるのか?という相談を受けることがよくあります。

就業規則で採用選考時に「重要な経歴を偽った」場合などを懲戒解雇事由と定めている企業様も多いと思われます。
しかし、従業員採用時の経歴詐称に対して安易に懲戒解雇を行うことには、不当解雇による重大な法務リスクが潜んでいますので、慎重にご対応いただく必要があります。

今回のコラムでは、従業員採用時の経歴詐称が発覚した場合の企業側の対応について、ご説明させていただきます。

懲戒解雇の要件

従業員採用時の経歴詐称が発覚した場合、その従業員の懲戒解雇を検討する企業様が多いと思われます。
そこで、まずは懲戒解雇の要件を整理させていただきます。
懲戒解雇は懲戒処分の一種であり、懲戒処分が有効とされるためには、①就業規則の規定、②客観的・合理的な理由、③社会通念上の相当性、④適正な手続、という4つの要件を満たす必要があります。
以下で1つずつご説明させていただきます。

①就業規則の規定

懲戒解雇を含む懲戒処分を行うためには、どのような場合に(懲戒事由)、どのような種類の懲戒処分が行われるのか、を就業規則に規定しておく必要があります。

従業員採用時の経歴詐称に対して懲戒解雇を行うためには、経歴詐称が懲戒解雇事由に該当することが就業規則に定められていることが必要です。

②客観的・合理的な理由

懲戒解雇を含む懲戒処分が有効とされるためには、懲戒処分に該当する事実について、客観的に合理的な理由があることが証拠により認められることが必要とされます(労働契約法15条)。

従業員採用時の経歴詐称に対して懲戒解雇を行うためには、経歴詐称の事実が証拠により認められることが必要です。

③社会通念上の相当性

懲戒解雇を含む懲戒処分が有効とされるためには、非違行為の内容・程度と処分の重さとのバランスが取れている必要があります。
非違行為の内容・程度に対して処分が重すぎる場合には、社会通念上の相当性を欠くものとして、懲戒処分は無効とされます。

従業員採用時の経歴詐称については、経歴詐称の程度が重大とはいえない場合に懲戒解雇という重い処分を選択すれば、懲戒解雇が無効(不当解雇)とされてしまいます。

④適正な手続

懲戒解雇を含む懲戒処分が有効とされるためには、適正な手続が踏まれていることが必要です。

懲戒処分の対象者に対し、弁明の機会を与えることは重要とされています。
また、就業規則上、懲戒処分にあたり懲罰委員会の開催等が義務付けられている場合には、規定どおりの手続を踏まなければ懲戒処分が無効とされるおそれがあります。

経歴詐称が懲戒解雇事由とされる理由

就業規則で採用選考時に「重要な経歴を偽った」場合などを懲戒解雇事由と定めている企業様も多いでしょう。
このように、経歴詐称が多くの企業で懲戒解雇事由とされるのは、以下のような理由であると考えられています。

①経歴詐称により事業主に労働力の評価を誤らせ、不適切な者を採用させ、適正な配置を誤らせるおそれがある。
②業務内容、キャリア、賃金体系など、一定の経歴を有することが労働条件の基本となり得るところ、経歴詐称はこのような企業秩序を害するものである。
③労使間の信頼関係を基礎とする雇用契約において、経歴詐称は信頼関係を破壊する行為である。

経歴詐称が懲戒解雇事由とされるのが上記の理由であることからすれば、形式的に経歴詐称に該当したとしても、経歴詐称の内容・程度が些細なものであり、企業秩序や労使関係に大きな影響を与えるものではないという場合には、懲戒解雇が無効(不当解雇)とされるおそれがあります。

そして、上記の3つの理由を前提とすれば、懲戒解雇事由に該当する経歴詐称は、ⅰその経歴詐称が事前に分かっていれば、企業がその求職者を雇用しなかったといえること、ⅱその経歴詐称が事前に分かっていれば雇用しなかったということに、客観的な相当性があるといえること、の2つをいずれも満たすものである必要があると考えられます。

病歴(既往歴)の詐称と企業側の対応

近年、入社した従業員がうつ病、適応障害などの病歴(既往歴)を有し、休みがちになるなどして、企業が対応に苦慮する事案が増えています。
従業員採用時の病歴詐称があった場合、企業としてはその従業員を懲戒解雇することができるのでしょうか?

この問題の前提として、企業が採用選考時に求職者に対し、病歴の申告を求めることが許されるのか?という点があります。
この点、採用選考にあたり企業が求職者から申告を求めるなどの方法により調査を行うことは基本的に自由であると考えられており、病歴の申告を求めることも原則として禁止されるものではありません。

一方で、企業は、本人の同意等がある場合を除き、「業務の目的の達成に必要な範囲内で」応募者の個人情報を収集できるものとされています(職業安定法5条の5)。
また、病歴に関する情報は「要配慮個人情報」とされており(個人情報保護法2条3項)、企業が本人の同意等なく情報取得することは認められません(個人情報保護法20条2項)。
このような前提からすれば、業務上の必要がある場合に限り、求職者本人の同意を得たうえで、病歴に関する情報を取得することを原則とするべきでしょう。

例えば、運転・配送業務の求人における「てんかん」の有無、清掃業務の求人における「色盲」の有無などは、情報取得が許されると考えられます。

では、うつ病、適応障害など精神疾患の病歴については、どうでしょうか?
確かに、このような精神疾患の病歴は、特定の業務内容に直接影響があるとはいえません。
しかし、一般的に、求職者が採用後の業務を円滑に行える精神状態であることは、採用選考において極めて重要な事項です。
そのため、現在の精神疾患の罹患・治療の有無・状況の申告を採用選考時に求めることは、禁止されるものではないと考えられています。
また、過去の精神疾患の病歴(既往歴)の有無についても、再発の可能性があることを踏まえ、業務の円滑な遂行可能性・業務上の配慮の要否などを見極める観点から、申告を求めることは許されるでしょう。

一方で、HIV、B型肝炎、C型肝炎などの病歴に関する情報は、業務上の必要性がないため、採用選考時にこれらの病歴申告を求めてはいけないと考えられています。

そして、懲戒解雇の可否については、採用選考時に「病歴無し」との申告であったにもかかわらず、実際には病歴があったからといって、直ちに病歴詐称自体を理由として懲戒解雇することはできないと考えられます。
基本的には、持病により欠勤が続いたり、業務に支障が生じたりした場合に、退職勧奨あるいは普通解雇を検討するのがよいでしょう。

他方で、①労働力の評価や適正な配置を誤らせるような重大な疾病を有し、②そのような病歴を知っていたならば通常は採用しなかったであろうといえるものであり、③実際に業務に支障が出ている、というような事案であれば、病歴詐称自体を理由とする懲戒解雇が可能であると考えられます。

職歴の詐称と企業側の対応

職歴は、企業が求職者の能力や入社後の貢献度を見極め、採否を決定する際の重要な判断材料となります。
そのため、重要な職歴の詐称を理由とする懲戒解雇は有効であると判断されます。

グラバス事件(東京地方裁判所平成16年12月17日判決)では、JAVA言語のプログラミング能力がないにもかかわらず、あるとの職歴を偽って採用された従業員について、経歴詐称を理由とする懲戒解雇を有効と判断しました。

他方で、職歴の詐称の程度が重要ではない場合には、職歴の詐称を理由とする懲戒解雇が無効(不当解雇)となる可能性があります。

岐阜地方裁判所平成25年2月14日判決では、過去に風俗店に勤務していた職歴を隠してパチンコ店のホールスタッフとして採用されたアルバイト従業員について、職歴の詐称を理由とする懲戒解雇を無効(不当解雇)と判断しました。
この裁判例では、過去に風俗店に勤務していた期間が2か月半程度に過ぎないこと、会社が解雇通告後も約1か月間そのまま稼働を継続させたこと、問題の従業員が有期雇用のアルバイト従業員であったことなどから、企業秩序が害されたとしてもその程度は軽微であり、懲戒解雇は重すぎると指摘しました。

なお、職歴の詐称を見逃さないように、企業としては採用選考時に雇用保険被保険者証・年金手帳(前職の会社名、前職の退職年月日、前職までの年金加入歴などが記載されています)、前職の源泉徴収票(前職の会社名、前職の退職年月日などが記載されています)の提出を求めるという対策をとることが考えられます。

学歴の詐称と企業側の対応

日本企業では、企業が学歴を人材採用の判断材料とすることが一般的に行われ、学歴により業務内容、キャリア、賃金体系などが異なることも少なくありません。
このように、一般的に、一定の学歴を有することが労働条件の基本となっていることから、学歴の詐称を理由とする懲戒解雇は有効であると判断されることが多いです。

学歴の詐称では、より有利な労働条件で就職するために、学歴を実際よりも高く詐称する例が多く見られます。
神戸製鉄所事件(大阪高等裁判所昭和37年5月14日判決)では、最終学歴を実際よりも高く詐称していたことが発覚した従業員に対し、就業規則上の懲戒事由である「重要な前歴を偽った」場合に該当するとして行った懲戒解雇を、有効と判断しました。

また、学歴を実際よりも低く詐称した場合でも、学歴の詐称を理由とする懲戒解雇は有効と判断されることが多いです。
この点、例えば大卒者が高卒者と詐称した場合、大卒者は高卒者の賃金で稼働することとなり、企業は高卒者の賃金で大卒者を雇用することとなるため、大卒者は不当な高給を得ておらず、企業も損をしていないと感じるかもしれません。
しかし、企業は学歴により事務職・現業職等の振り分けをし、適材適所を実現することにより生産性を維持しているところもあるため、学歴を実際よりも低く詐称することもまた、企業に対する悪質な背信行為であるといえます。

スーパーバック事件(東京地方裁判所昭和55年2月15日判決)では、短大卒の最終学歴を高卒と詐称し、さらに職歴を詐称していたことが発覚した従業員に対し、就業規則上の懲戒事由である「経歴を偽りその他の詐術を用いて雇用された場合」に該当するとして行った懲戒解雇を、有効と判断しました。
この裁判例では、作業の特質、従業員の定着性等の考慮から、その採用条件を高卒以下の学歴の者に限り、この方針を厳守していたという前提があり、短大卒の学歴の最終学歴を高卒と詐称したことが会社の従業員構成、人事管理体制を混乱させたと指摘しました。

他方で、企業が採用選考時に学歴を重視していなかったなどの事情がある場合には、学歴の詐称を理由とする懲戒解雇が無効(不当解雇)となる可能性があります。
西日本アルミニウム工業事件(福岡高等裁判所昭和55年1月17日判決)では、大学休学中の求職者が大学入学の学歴を申告せず、高卒者として求人に応募して採用された事案で、会社としても採用面接の際に学歴について尋ねることもなく、勤務状況に問題がなく業務に支障もなかったという事実関係のもとに、経歴詐称を理由とする懲戒解雇を無効(不当解雇)と判断しました。

なお、学歴の詐称を見逃さないように、企業としては採用選考時に卒業証明書の提出を求めるという対策をとることが考えられます。

犯罪歴の詐称と懲戒解雇

犯罪歴は、求職者から自発的に申告する義務はありませんので、求職者が聞かれなかったから言わなかったという場合には、犯罪歴の詐称にはなりません。
犯罪歴の詐称とは、会社が採用選考時に犯罪歴があれば申告するように求めたのに求職者が申告しなかった場合、賞罰欄がある履歴書を提出しながら前科の記載をしなかった場合となります。

なお、採用選考時の履歴書に賞罰欄を設けたり、採用面接で質問したりする方法により、求職者の同意のもとに犯罪歴を確認することは禁止されていません。
しかし、業務と無関係の昔の犯罪歴をいたずらに詮索することは、控えるべきであると考えられます。

犯罪歴の詐称については、その犯罪歴が申告されていれば採用しなかったであろうと認められる場合には、懲戒解雇が有効と判断されます。

メッセ事件(東京地方裁判所平成22年11月10日判決)では、名誉棄損罪で服役していた犯罪歴を隠し、その期間は海外で経営コンサルタント業に従事していたと偽って採用された従業員について、経歴詐称を理由とする懲戒解雇を有効と判断しました。

ただし、10年以上前の古い犯罪歴である場合、刑の言渡しの効力が消滅している場合には、懲戒解雇が無効(不当解雇)と判断されています。

マルヤタクシー解雇事件(仙台地方裁判所昭和60年9月19日判決)では、強盗など前科5犯の犯罪歴を履歴書の賞罰欄に記載せずに採用されたタクシー運転手について、刑の言渡しの効力が消滅した前科であることから、経歴詐称を理由とする解雇を無効(不当解雇)と判断しました。
※刑法34条の2により、懲役刑を受けた場合であっても、その後に罰金以上の刑を処せられずに10年を経過したときは、刑の言渡しは効力を失います。

また、豊橋総合自動車学校事件(名古屋地方裁判所昭和56年7月10日判決)では、採用面接の際に賞罰について申告を求められたのに窃盗で服役していた犯罪歴を隠して採用されたスクールバス運転手について、問題の犯罪歴が18年前のものであることなどから、これを懲戒解雇の理由とするのは著しく過酷であると判断し、経歴詐称を理由とする解雇を無効(不当解雇)としました。

前職での懲戒処分歴の詐称と懲戒解雇

前職での懲戒処分は、求職者から自発的に申告する義務はありません。
しかし、採用面接などで前職の退職理由を聞かれた際に、例えば、懲戒解雇されたにもかかわらず、自主退職したなどと虚偽の説明をすると、懲戒解雇事由である経歴詐称に該当する可能性があります。

弁天交通事件(名古屋高等裁判所昭和51年12月23日判決)では、前職のタクシー会社で懲戒解雇されたにもかかわらず、採用面接時に前職のタクシー会社での職歴自体を隠し、別のタクシー会社に採用された従業員について、経歴詐称による懲戒解雇を有効と判断しました。
この裁判例では、前職の職歴を秘匿し、懲戒解雇された事実を隠蔽したことは重大な経歴詐称に当たるとともに、企業内における労使間の信頼関係を損ない、経営秩序を乱す危険が極めて強いと指摘しました。

資格・免許の詐称と企業側の対応

その資格・免許がなければ入社後の業務を行えないにもかかわらず、その資格・免許を取得していると偽って入社した場合には、資格・免許の詐称を理由とする懲戒解雇が有効とされる可能性が高いでしょう。

その資格・免許がなければ入社後の業務ができず、企業としては不適切な者を採用したことになりますし、企業秩序や労使間の信頼関係が害されることが明らかと考えられるからです。

他方で、業務とまったく無関係の資格・免許の詐称であれば、資格・免許の詐称を理由とする懲戒解雇が無効(不当解雇)とされる可能性があります。

なお、資格・免許の詐称を見逃さないように、企業としては採用選考時に資格・免許の証明書や合格証書の提出を求めるという対策をとることが考えられます。

弁護士にご相談ください

従業員採用時の経歴詐称が発覚した際に、どのような対応をとるかに迷う企業様もいらっしゃると存じます。

従業員採用時の経歴詐称に対して安易に解雇を行えば、後々、不当解雇をめぐる法的トラブルが発生するおそれがあります。
解雇が違法とされれば復職を受け入れざるを得なくなったり、高額の解決金の支払を余儀なくされたりすることもありますので、まずは労務問題に詳しい弁護士にご相談いただくことをお勧めいたします。

当事務所では、労務問題に関する企業側のサポートに注力して取り組んでおります。
従業員採用時の経歴詐称が発覚した際の対応についてお困りの企業様がいらっしゃいましたら、当事務所にご相談いただければと存じます。

記事作成弁護士:木村哲也
記事更新日:2024年3月15日

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