この記事を書いた弁護士

弁護士・木村哲也
青森シティ法律事務所 代表・所長
八戸シティ法律事務所 代表
主な取扱い分野は、労務問題(企業側)、契約書、債権回収、損害賠償、ネット誹謗中傷・風評被害対策・削除、クレーム対応、その他企業法務全般です。八戸市・青森市など青森県内全域の企業・法人様からのご相談・ご依頼への対応実績が多数ございます。
1 はじめに
就業規則は、作成するだけではなく、従業員に周知しなければなりません。
従業員と雇用契約を締結する場合、就業規則を従業員に周知していれば、就業規則に定める合理的な労働条件は、従業員との個別の合意がなくても、雇用契約の内容となります(労働契約法7条)。
逆に言えば、就業規則を従業員に周知していなければ、就業規則に定める労働条件は、雇用契約書等により従業員と個別の合意をしない限り、効力を持たないこととなります(個別の合意とは、雇用契約書等に「就業規則第〇〇条のとおり」などと記載するだけでは足りず、就業規則の当該規定の内容を具体的に明記しなければならないということです)。
就業規則の周知がなされていたかどうかは、懲戒処分・懲戒解雇や残業代をめぐるトラブル、その他の労務トラブルで問題となることが少なくありません。
そして、就業規則の周知の不徹底は、就業規則の効力を無きものにし、様々な労務トラブルにおいて、企業にとって不利な結果を招く重大なリスク要因のひとつとなります。
なお、就業規則の周知には、労働基準法における手続としての周知義務と、労働契約法における就業規則の効力発生要件としての実質的周知という2つの異なる意味があります。
今回のコラムでは、就業規則の周知方法と効力の問題について、労務問題に詳しい弁護士が解説させていただきます。
2 労働基準法における手続としての周知義務
(1)周知義務とは?
労働基準法106条1項は、就業規則を従業員に周知しなければならないことを定めており、これが労働基準法における手続としての周知義務です。
なお、就業規則とは別に、賃金規程、退職金規程、出張旅費規程、育児介護休業規程などの社内規程を設けている例も少なくありません。
これらの社内規程も、附属規程として就業規則の一部を構成するものであるため、周知義務の対象となります。
(2)周知義務の履行方法
就業規則の周知は、以下のいずれかの方法により行わなければなりません(労働基準法106条1項、労働基準法施行規則52条の2)。
①常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること。
②書面を労働者に交付すること。
③磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること。
(3)周知義務を怠った場合
上記のいずれかの方法による周知を行わなければ(後述する実質的周知を行っていたとしても)、労働基準監督署から是正勧告を受け、対応を怠ると30万円以下の罰金に処せられる可能性があります(労働基準法120条1号)。
3 労働契約法における就業規則の効力発生要件としての実質的周知
(1)実質的周知とは?
労働契約法7条によれば、就業規則に定める労働条件が労働契約の内容として効力を持つためには、就業規則を労働者に周知することが必要です。
この点、前述のとおり、労働基準法における周知は、形式的な3つの周知方法が法律で定められています(労働基準法106条1項、労働基準法施行規則52条の2)。
一方で、労働契約法における周知は、「労働者が就業規則の内容を知ろうと思えばいつでも知り得る状態にしておく」という実質的周知を意味します。
つまり、労働基準法における周知が所定の形式により履行されていない場合であっても、労働者が就業規則の内容を知ろうと思えばいつでも知り得る状態にあるのであれば、就業規則の効力が否定されることにはならないのです(東京地方裁判所平成21年10月28日判決【キャンシステム事件】)。
なお、労働契約法10条では、就業規則の変更が効力を持つためには、内容の合理性および労働者に対する周知が必要であると定められており、ここに言う周知も、上記と同じく実質的周知を意味します。
また、賃金規程、退職金規程、出張旅費規程、育児介護休業規程などの附属規程についても、就業規則の一部を構成するものであるため、労働契約の内容として効力を持つためには、実質的周知を行うことが必要です。
(2)就業規則の効力発生要件
以上のとおり、就業規則の実質的周知がなされていることは、就業規則が効力を持つための効力発生要件であるとされています。
一方で、就業規則の作成における手続として、労働者代表の意見聴取(労働基準法90条)および労働基準監督署に対する届出(労働基準法89条)が義務付けられています。
しかし、意見聴取および届出の義務は、就業規則の効力発生要件ではなく、これらの義務を履行しなかったからといって、就業規則の効力が否定されることにはならないと考えられています(東京地方裁判所平成21年10月28日判決【キャンシステム事件】)。
(3)実質的周知を怠った場合
就業規則の実質的周知がなされていなければ、就業規則は法的な効力を持ちません。
その結果、企業にとって様々な弊害が発生します。
まず、懲戒処分・懲戒解雇をするためには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別および事由を定めておくことが必要です(最高裁判所平成15年10月10日判決【フジ興産事件】)。
しかし、就業規則の実質的周知がなされていなければ、就業規則に懲戒の種別および事由を定めていたとしても、就業規則は法的な効力を持ちません。
その結果、就業規則の実質的周知がなされていないというだけで、懲戒処分・懲戒解雇はその基礎を欠く無効なものであると判断されてしまいます(甲府地方裁判所平成29年3月14日判決【河口湖チーズケーキガーデン事件】)。
また、東京高等裁判所令和4年2月24日判決は、就業規則に運行時間外手当などが残業の対価であると明記されていたものの、就業規則の実質的周知がなされていないことを理由に、固定残業代としての有効性を否定しました。
そして、東京高等裁判所平成19年10月30日判決【中部カラー事件】は、退職金を減額する就業規則の変更について、実質的周知がなされたものとは認められず、就業規則の変更は無効であるとして、従前の就業規則に基づく退職金の支払を命じました。
以上のように、就業規則の実質的周知がなされていないというだけで、就業規則の効力が認められず、ひいては懲戒処分・懲戒解雇や残業代をめぐるトラブル、その他の様々な労務トラブルにおいて、企業にとって非常に不利な結果となってしまうリスクがあるのです。
4 どのような場合に実質的周知が認められるか?
(1)実質的周知が認められた裁判例
①就業規則等の規程類を支社長の席の後方のキャビネットおよび従業員が誰でも見ることのできる共有のキャビネットに備え付け、社員が閲覧可能なイントラネットに就業規則等の規程類をアップロードしていた(東京地方裁判所令和3年12月15日判決)。
②就業規則の変更について、係長以上の役職者らを集めて会議を開催してその内容を説明するとともに、就業規則を部門長に保管させたうえ、事務室にも備え付け、従業員に対する説明会でもその旨を説明していた(横浜地方裁判所平成23年10月20日判決【房南産業事件】)。
③就業規則を職員室の副校長の机の後ろの棚に備え置いていたところ、この棚は共有スペースであり、誰もが自由に就業規則のファイルを取って見ることができる状態であった(横浜地方裁判所平成23年7月26日判決【大谷学園事件】)。
④従業員が用を足すために自由に出入りする経理室において、経理室の従業員が使用する机の上に回転書棚を設置し、これに「就業規則」と記載したラベルを添付したボックスファイルを乗せ、その中に就業規則を常置していたところ、その机は経理室の入口を入ってすぐ右手にあって視認状況が良く、従業員が書類の受け渡しのためにその机のところに赴くなどしていた(東京地方裁判所平成22年11月10日【メッセ事件】)。
(2)実質的周知が認められなかった裁判例
①就業規則が担当者のロッカーに保管されていたものの、そのことやロッカー内に保管されている就業規則を他の従業員も自由に見ることができる旨を告知していなかった(東京地方裁判所令和7年7月3日判決【三和エンジニアリング事件】)。
②会社のパソコンの共有フォルダ「社内規程」内に就業規則の電子ファイルを保存していたものの、従業員に対して就業規則を保存した場所やその内容を確認する方法について説明していなかった(東京地方裁判所平成31年3月25日判決【アクトプラス事件】)。
③就業場所とは別の建物である本店所在地に就業規則を備置していたものの、従業員に対して就業規則が本店所在地にあると説明していなかった(東京地方裁判所平成27年8月18日判決【エスケーサービス事件】)。
④退職金に関する就業規則の変更について、その内容を直ちに理解することが困難であるのに、変更の必要性、概要、従業員にとってのメリット・デメリットを詳細に説明することなく、休憩室の壁に就業規則を掛けてあっても、退職金の計算を可能とするものではなかった(東京高等裁判所平成19年10月30日判決【中部カラー事件】)。
⑤賃金等に関する就業規則の変更について、説明会や勉強会を開催し、概要を記載した書面を配布するなど、周知を試みたものの、具体的な賃金額、その算定根拠等については説明がなかった(大阪高等裁判所平成16年5月19日判決【NTT西日本事件】)。
(3)どのような周知方法が望ましいか?
以上の裁判例を踏まえ、就業規則を就業場所の見やすい場所に備え付け、あるいはクラウドやイントラネットにアップロードするなどの方法により、労働者が就業規則を自由に閲覧できる状態にしておくのがよいでしょう。
そのうえで、入社時の説明において、就業規則の設置場所および閲覧方法に関する十分な説明を行うようにしましょう。
また、就業規則を変更する場合には、説明会の開催、文書の回覧、メールによる告知などの方法により、変更内容を説明するようにしましょう。
特に、賃金や退職金の変更など、重要な労働条件を変更する場合には、具体的な計算方法や決定方法について、詳細な説明を行うことが大切です。
さらに、賃金規程、退職金規程、出張旅費規程、育児介護休業規程などの附属規程についても、上記のような対応をとるようにしましょう。
5 労務問題については当事務所にご相談ください
就業規則の周知が疎かになっているケースが散見されますが、周知の不徹底には企業にとって重大なリスクが潜んでいます。
賃金規程や退職金規程などの附属規程を含め、就業規則の周知状況を再確認のうえ、場合によっては設置場所や周知方法の見直しなどをご検討いただくことをお勧めいたします。
就業規則の周知など労務問題についてご不明のことがありましたら、当事務所にご相談いただければと存じます。
記事作成弁護士:木村哲也
記事更新日:2026年8月26日
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