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弁護士・山口龍介
八戸シティ法律事務所 所長

主な取扱い分野は、労務問題(企業側)、契約書、債権回収、損害賠償、ネット誹謗中傷・風評被害対策・削除、クレーム対応、その他企業法務全般です。八戸市・青森市など青森県内全域の企業・法人様からのご相談・ご依頼への対応実績が多数ございます。

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1 退職金の不支給・減額とは

退職金の不支給・減額とは、就業規則や退職金規程に基づき、懲戒解雇や競業避止義務違反などの一定の事由がある場合に、支払われるべき退職金の全部または一部を支給しないことを指します。

2 退職金の不支給・減額の適法性判断基準

(1)基本的な適法性判断基準

退職金の不支給・減額は、就業規則等の根拠規定(例えば、「懲戒解雇に相当する事由がある場合は退職金を支給しない。」とする規定)に基づいて行うのが基本となります。

その上で、対象となる従業員に「それまでの勤続の功を抹消(不支給の場合)又は減殺(減額の場合)してしまうほどの著しい背信行為」があったかどうかが、適法性判断の主要な基準となります。
退職金には功労報償的性格があるため、その功労を無効化するほどの重大な背信行為(会社からの信頼や期待、雇用契約上の義務を裏切り、信義則に反するような行為)が必要とされるわけです。

なお、就業規則等に退職金不支給の規定がない場合であっても、重大な背信行為がある場合には、退職金請求は権利の濫用に当たるため許されないとした東京地方裁判所平成12年12月18日判決(アイビ・プロテック事件)があります。
ただし、明確な根拠規定なく退職金を不支給・減額とすれば、法的紛争となった場合に不利な戦いとなることもあり得ますので、やはり就業規則等に不支給・減額規定を設けておくことが大切です。

(2)考慮される具体的な要素

前述の退職金の不支給・減額の適法性判断基準において、考慮される具体的な要素は、次のとおりとなります。

○非違行為(法令や就業規則に違反する行為)の性格・内容・重大さ(悪質性)
○会社に対する直接の非違行為か否か
○会社に与えた損害(経済的損害、名誉・信用の毀損など)の程度
○勤続の功(従業員の勤続年数、過去の勤務態度、服務実績、業績などの企業への貢献度)の程度
○その他諸般の事情(懲戒解雇に至った経緯、社内における過去の支給事例、従業員の再就職や生活設計への影響など)

3 懲戒解雇を理由とする退職金の不支給・減額の可否

懲戒解雇が有効であるからといって、直ちに退職金の不支給・減額も適法と認められるわけではありません。
このことは、就業規則等に「懲戒解雇に相当する事由がある場合は退職金を支給しない。」などの規定がある場合でも同様です。

退職金の不支給が認められるのは、前述の適法性判断基準で述べたとおり、従業員の非違行為が「永年の勤続の功を抹消するほどの著しい背信行為」である場合に限られます。
そして、裁判例を見ると、懲戒解雇が有効であっても、退職金の不支給までは認めず、一部支給を命じたケースも少なくありません。

そこで、次に、退職金の不支給・減額に関する裁判例を、問題とされた行為の類型ごとにご紹介いたします。

4 退職金の不支給・減額に関する裁判例

(1)会社財産の横領・背任があった場合

横領・背任の事案では、退職金の不支給が認められる例が多いように見受けられます。
ただし、被害額が少額である場合などは、退職金の不支給までは認められず、減額の判断にとどまる例もあります。

【預金の横領:東京地方裁判所平成21年9月3日判決(リクルート事件)】
会社の預金4600万円余りを横領したとして懲戒解雇した事案。
横領行為、その後の横領の隠ぺい行為、および会社に事情聴取等の調査を余儀なくさせたことは、それまでの勤続の功を抹消するほどの著しく信義に反する背信的行為であるとして、退職金の不支給を認めた。

【不正な経理処理による資金の横領:福岡地方裁判所小倉支部平成23年2月8日事件(乙山社事件)】
退職した従業員による合計9回にわたる一連の横領行為などを認定。
不正な経理処理により合計821万円を横領した事案において、経理担当者としての著しい背信行為であるとして、退職金請求は権利の濫用に当たると判断し、退職金の不支給を認めた。

【出張旅費の不正受給:札幌地方裁判所平成20年5月19日判決】
合計15回にわたる出張旅費の不正受給を繰り返し、会社から合計22万6500円を着服したとして懲戒解雇した事案。
着服金額は必ずしも高額とはいえず、かつ返金されているため、会社が被った損害は大きくないこと、勤続35年の間に他の懲罰歴がなく、それ相応の功績を残してきたこと等を考慮し、退職金の3割相当額の支払(7割の減額)を命じた。

【リベートの受領:名古屋地方裁判所平成15年9月30日判決(トヨタ車体退職金請求事件)】
発注業務に従事していた従業員が、その地位とこれに伴う実質的な発注権限等を濫用し、取引を切られるという取引先の恐怖心や困惑に付け込んで、恐喝ないしこれに準じる悪質な行為に及んだ。
これにより、当該従業員が総額1800万円以上の多額のリベートを受領したとして懲戒解雇した事案において、退職金の不支給を認めた。

なお、市営バスの運転手として約29年勤務した公務員が、乗客から支払われた1000円を横領したこと(および勤務中の電子タバコの使用)を理由として(ただし、1000円の被害は弁償済み)、懲戒免職により約1200万円の退職金を不支給とする処分を受けたのに対し、その処分の有効性を認めた最高裁判所令和7年4月17日判決(京都市交通局事件)があります。
ただし、この判決は、公務員を対象とする事案であり、民間企業とは適用される法律や退職金不支給に関する裁量の考え方に違いがあるため、民間企業における退職金不支給にそのまま適用することはできないと考えられます。

(2)職場内での違法行為があった場合

職場内での違法行為の事案では、退職金の不支給が認められる例も多く見られますが、違法行為の内容など事案にもよります。

【酩酊して抵抗困難なパート従業員に性行為:東京地方裁判所平成24年2月17日判決(東京海上日動火災保険事件)】
損害保険会社の支店長代理が、指導下にあったパート従業員の女性を、飲酒酩酊状態に乗じてホテルに連れ込んで性行為に及んだとして、懲戒解雇した事案において、退職金の不支給を認めた。

【職場内の賭博行為に関与:東京地方裁判所平成20年2月15日判決】
パチンコ店の店長が、職場内での賭博行為に関与したとして、懲戒解雇した事案。
店長という立場にありながら、自ら率先して職場内で部下らと共に繰り返し賭博行為に及んだ他に、店舗の景品を横領し、勤務時間中に部下らと一緒に風俗店に行く等して、職場の風紀を乱すなど重大な事態を引き起こした。
裁判所は、これまでの会社における功労を抹消する程度のものであるとして、退職金の不支給を認めた。

【機密文書の漏えい:東京地方裁判所平成20年1月18日判決】
自社と係争中の他社に対し、重大な機密文書を漏えいしたとして懲戒解雇した事案において、退職金の不支給を認めた。

【生命保険の名義借契約:東京地方裁判所令和6年10月22日(マニュライフ生命保険事件)】
生命保険会社の従業員(保険営業担当)が、保険業法に違反する名義借契約を行ったとして、懲戒解雇した事案。
会社が監督官庁に不祥事故として届出をし、社会的信用を毀損する事態となったこと、当該従業員が一旦は名義借契約を認める言動をしておきながら、その後に全面否認する態度に転じ、会社の対応負担を生じさせたことを問題視。
一方で、当該従業員に懲戒処分歴がないこと、名義借契約が1件のみであること等を考慮し、退職金の3割の支払(7割の減額)を命じた。

(3)私生活での犯罪行為があった場合

当該犯罪行為により会社の名誉信用を著しく害し、無視し得ない現実的損害を生じさせる等の「強度な背信性」があるかどうかが判断基準となります。
退職金の不支給が認められた例もありますが、減額の判断がされる傾向にあるように見受けられます。

【痴漢行為:東京高等裁判所平成15年12月11日(小田急電鉄事件①)】
鉄道会社の従業員が、私生活における電車内での痴漢行為により、逮捕・有罪判決を受けたとして、懲戒解雇した事案。
裁判所は、過去3度にわたる痴漢行為による検挙歴と罰金前科があるにもかかわらず、さらに同種行為で検挙されて正式起訴されるに至ったこと、痴漢行為を防止・撲滅すべき鉄道会社の社員であったことを重く見た。
一方で、職務外の非違行為であり、報道等により会社に直接の現実的損害を生じさせた事情はないこと、勤続20年の勤務態度が真面目であったこと等を考慮し、退職金の不支給までは認めず、退職金の3割の支払(7割の減額)を命じた。

【強制わいせつ致傷事件:東京高等裁判所平成24年9月28日判決(NTT東日本事件)】
職場外での女子高校生に対する強制わいせつ致傷事件(公道を自転車通行中の被害者を突き飛ばし、数秒間胸を触った。被害者が負った傷害は、右手首関節捻挫等の軽傷であった)で有罪判決を受け、合意退職した従業員の事案。
裁判所は、私生活上の非行であること、被害者との示談が成立していること、懲戒処分歴がなく部内表彰を受けたこともあること等を考慮し、退職金の3割の支払(7割の減額)を命じた。

【覚醒剤の所持および使用:東京地方裁判所令和5年12月19日判決(小田急電鉄事件②)】
鉄道会社の車両検査主任が、覚醒剤の所持および使用により逮捕・有罪判決を受けたとして、懲戒解雇した事案。
約5年の使用歴があり、この間、車両検査主任の立場にあって、鉄道の安全運行を支える重要な職務を担当し、身体に覚醒剤を保有した状態で車両検査業務に従事していたと認定。
その上で、本件が報道等により社会に知られるに至っていないことは偶然の結果でしかなく、約27年間勤務を続けてきたという以上に特段の功労なども認められないとして、退職金の不支給を認めた。

【飲酒運転(ドライバー):東京地方裁判所平成19年8月27日判決(ヤマト運輸事件)】
運送会社のセールスドライバーが、業務終了後に帰宅途上で飲酒し、自宅に向けて運転中に酒気帯び運転で検挙され、罰金刑を受けたとして、懲戒解雇をした事案。
懲戒処分歴がないこと、酒気帯び運転の罪で罰金刑を受けたのみで、事故は起こしていないこと、反省文等から反省の様子も見られることを考慮し、退職金の3分の1の支払(3分の2の減額)を命じた。

【飲酒運転(非ドライバー):東京地方裁判所平成29年10月23日判決(日本通運事件)】
運送会社のドライバーではない従業員が、業務時間外に酒気帯び運転をして物損事故を起こし、現行犯逮捕されて略式命令を受けたとして、懲戒解雇した事案。
現行犯逮捕されて実名報道された一方で、私生活上の非行であること、26年以上にわたり懲戒処分歴がなく、真面目に勤務してきたこと、被害者等に謝罪をしていること、自動車保険により被害弁償をして宥恕されていること、社名報道まではされていないこと等を考慮し、退職金の5割の支払(5割の減額)を命じた。

なお、公務員の場合、市職員が私生活上の飲酒運転により2件の物損事故を起こし、警察官に対して虚偽説明を行った事案(最高裁判所令和6年6月27日判決:大津市事件)、公立学校の教諭が職場の歓迎会後に帰宅する際、酒気帯び運転で物損事故を起こした事案(最高裁判所令和5年6月27日判決:宮城県教育委員会事件)、水道局職員が勤務終了後の懇親会が終わってから飲酒運転をしたものの、幸いにも事故を起こさなかった事案(名古屋高等裁判所平成29年10月20日判決)において、いずれも懲戒免職により退職金を不支給とする処分が有効と認められました。
しかし、前述の横領の事案と同様、これらの判決の結論を民間企業における残業代不支給にそのまま適用することはできないと考えられます。

(4)競合他社への転職等があった場合

非違行為の悪質性、会社に与えた損害の程度などにより、不支給を肯定したもの、減額を肯定したもの、不支給も減額も否定したものがあります。

【重要な技術資料を持ち出して競業行為に利用:大阪地方裁判所平成13年3月23日判決(中外爐工業事件)】
設計書類等の重要な技術資料を退職直前に大量に持ち出し、競業行為に利用したとして懲戒解雇した。
持ち出した資料には、外部への流出によって会社が重大な損害等を被りかねない重要なものが多数含まれていたところ、退職金の不支給を認めた。

【新商品データを転職先に漏えい:東京地方裁判所平成14年12月20日判決(日本リーバ事件)】
自社が開発を検討していた商品のデータを同業他社に漏えいし、競合他社への転職が実質的に内定した後で自社の機密事項を取り扱う会議に出席し、そこで入手した資料を持ち出したとして懲戒解雇した事案において、退職金の不支給を認めた。

【組織的な退職を主導:東京地方裁判所平成21年10月28日判決(キャンシステム事件)】
従業員らが共謀して一斉退職し、その大半が競合他社に転職した事案。
早期に退職届を提出し、部下に競業他社への転職を勧誘するなど、組織的な退職を主導・計画した者について、それまでの勤続の功を抹消するほどの著しく信義に反する背信的行為であるとして、退職金の不支給を認めた。

【敵対する競合他社の代表取締役に就任:東京地方裁判所平成22年3月26日判決(東京コムウェル事件)】
勤務会社の支店長、管理部課長、管理部事務局長等を歴任した従業員が、退職して4か月を経ないで競合他社に転職し、退職から6か月を経ずして代表取締役に就任した事案。
転職先会社は、勤務会社の元従業員らを中心に構成され、勤務会社の顧客に対する取引の勧誘をめぐり勤務会社とトラブルになるなど、勤務会社と敵対的であった。
このように勤務会社が敵視していた競合他社への就職と代表取締役への就任は、信義に反するものといえるような背信性を有するとして、退職金の不支給を認めた。

この点、最高裁判所昭和52年8月9日判決(三晃社事件)は、「競合他社に転職したときは、退職金を一般の自己都合退職の半額とする。」旨の就業規則の規定の適法性を認めました。
一方で、東京地方裁判所平成28年4月15日判決は、この最高裁判例を引用しながら、「退職後1年以内に競合他社に就職する者の退職金を半額とする。」旨の退職金規程の規定を有効としたものの、競業避止義務の趣旨が会社の営業権の保護にあるところ、現実に会社の営業権侵害のおそれが生じない場合についてまで、同規定を適用することは許されないと判示しました。

【業務引き継ぎをせずに突然退職:東京地方裁判所平成12年1月21日判決(東京ゼネラル事件)】
競合他社に転職した従業員(支店長)に対し、就業規則を適用して退職金を5割に減額したことに違法な点はないとした事案。
嘘の退職理由を説明し、期末まで勤務すると言いながら、突如退職願を提出し、業務引き継ぎをしないまま出社しなくなった。
会社としては、人事異動で組織を組んで期がスタートしたばかりであり、支店の計画が立たなくなってしまう等の不利益を受け、支店はその後に実績の低迷により閉鎖された。
裁判所は、退職時期および競合他社への就職の経緯が、それまでの勤続の功を著しく減殺すると判断。

【退職後に競合する事業を開始:名古屋高等裁判所平成2年8月31日判決(中部日本広告社事件)】
退職した従業員が、退職直後から会社と競合関係にある自営を始めた。
退職金支給規定では、退職後6か月以内の競合他社への就職を不支給事由と定めていた。
裁判所は、当該従業員について、会社から一部違法な賃金削減を含む厳しい対応をされたことにより、事実上退職に追い込まれ、生活のために競合関係にある自営を始めたものであると認定した(さらに、原審では、会社の対応により経済的に困窮したこと、勤続年数が23年余に及び、他に適当な職業を見出すことが困難な状況にあったこと等も認定)。
その上で、会社に損害を与える目的があったなど、特に非難されるべき事情があったと認定することは困難であるとして、退職金の不支給・減額を認めなかった。

なお、「退職後1~2年以内に競合他社に転職した場合は、退職金を不支給とする。」旨の就業規則等の定めがある場合でも、単に競合他社に就職したものに過ぎず、企業秘密を競合他社に漏えいしたなどの背信行為がない事案では、退職金の不支給を認めないケースが多く見られます(東京高等裁判所平成24年6月13日判決:アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件、東京高等裁判所平成22年4月27日判決:三田エンジニアリング事件)。
やはり、「永年の勤続の功を抹消・減殺するほどの著しい背信行為」の有無が判断基準になると考えられます。

(5)業務の引き継ぎをしなかった場合

業務の引き継ぎをしなかった場合は、類型的に行為の悪質性は高くなく、会社に与えた損害の程度も大きくないことから、不支給・減額は認められにくい傾向にあります。

【退職時の引き継ぎを怠った:東京地方裁判所令和元年9月27日判決(インタアクト事件)】
労務フローや各種マニュアル等の整備がなく、引き継ぎに関するマニュアルや社内ルールも存在しなかったことなどから、退職時に引き継ぎをしなかったことが直ちに懲戒解雇事由に該当するとは評価できないと判断。
また、会社が主張する他の背信行為の多くは懲戒解雇事由に該当せず、仮に該当するものがあるとしても、重大なものではないと評価。
その上で、職場内の人間関係から対面による引き継ぎを敬遠したことには一定の理由がある一方で、代理人を通じて書面による引き継ぎを行ったこと等を考慮し、勤労の功を抹消するほどの著しい背信行為があったとは評価できないとして、退職金の不支給・減額を認めなかった。

【業務の引き継ぎを怠った:東京地方裁判所平成27年2月20日判決】
退職するに当たり業務の引き継ぎを怠ったことが認められるが、これにより会社がどのような不利益を被ったかは明らかでないと認定。
退職金を不支給・減額とするほどの重大な不都合行為に当たるとまではいえないとして、退職金の全額支払を命じた。

【引き継ぎ等をせずに退職:大阪地方裁判所昭和59年7月25日判決(日本高圧瓦斯工業事件)】
営業所の責任者・役職者が突如退職届を提出し、引き継ぎや残務整理を行わずに退職したことに対し、会社が退職金を不支給とした事案。
裁判所は、永年勤続の功労を抹消してしまうほどの背信行為には該当しないと判断し、退職金の不支給・減額を認めなかった。

(6)業務上のミスがあった場合

業務上のミスについては、故意による問題行為と比較すれば悪質性が低いと考えられることから、退職金の不支給・減額が認められにくいと思われます。

【建設工事におけるミス:東京地方裁判所平成21年1月23日判決】
建設会社の従業員による建設工事における施工・測量等に関するミス。
当該従業員には一定の落ち度があるものの、建設工事においてこのようなことはさほど珍しいことではないから、著しい服務規律違反があったとはいえないとして、退職金の不支給・減額を認めなかった。

【初歩的なミスで顧客に賠償金支払:東京地方裁判所平成20年3月28日判決(PSD事件)】
技術部門のスタッフが施した作業が原因で顧客がコンピュータウイルスに感染するという事故が発生した。
会社は、この事故が技術部門スタッフの初歩的なミスにより発生したものであったため、自己都合退職した同部門の社員4名の退職金から損害相当額(顧客に支払った賠償金額)を減額した事案。
裁判所は、退職金規程に成果等に応じた減額規定は存在したものの、減額の理由が会社の損害を強制的に負担させるためのものであると認定し、これは退職金減額の裁量権を逸脱・濫用しているとし、会社の減額の措置を無効と判断した。

【複数の業務上のミス:京都地方裁判所平成17年7月27日判決(洛陽総合学院事件)】
退職した教師による英語検定の申込み漏れ、クラス費の徴収漏れ、中間考査の入力ミスなど、複数の業務上のミス。
裁判所は、職務懈怠や不注意を問われてもやむを得ない行為があったものの、その経緯や背景および結果の重大性等について考慮したときに、勤続の功労を減殺するほどの背信行為とまでいうことはできないとして、退職金の減額を認めなかった。

(7)反抗的な態度、誹謗中傷があった場合

【異常な回数の遅刻と反抗的な態度:東京地方裁判所平成27年7月17日判決(Y社事件)】
1年半の間に遅刻を250回ほど行い、上司に反抗的態度を取った従業員を懲戒解雇し、会社が退職金を3分の1に減額した事案。
裁判所は、遅刻の期間、回数、上司に対する反抗的態度の内容、またこれらの言動が戒告処分および出勤停止処分によっても改まらなかったこと等に照らし、長年の勤労の功を抹消する程度に背信的なものであったとして、会社の退職金減額の決定は有効と判断。
(上司に対する反抗的態度の内容)
○上司から、事務所の移転に伴う引っ越し作業を進めるよう指示されると、弁護士と話してくれ、社長としか話さないなどと言った。
○上司から朝の挨拶をされたのに対して「うるさい。」と大声で言った。
○上司から業務を指示された際、「〇〇さん(上司)が発注したのだから〇〇さんがやれば。」、「私より給料の高い人が他にたくさんいるんだから、その人たちに頼んでください。」等と言って指示を拒否するなどした。
○上司からセキュリティをかけるべき扉を椅子等を用いて開放状態のままにしたことを注意された際、その注意が嫌がらせである旨等を述べた。
○上司から遅刻の理由を尋ねられた際、無視したり、お金がないとか携帯電話を持っていないとの言い訳に終始するなどした。
○上司から前日の郵便物が残っていることについて尋ねられると、「誰かが、嫌がらせで、一度私が出したものを袋から出して棚に戻したのです。」と言うなどした。
○上司に対し、出勤停止処分に伴う始末書について、「始末書は出しません。」、「これはいじめです。」と言ったり、「会社が家宅捜索を受けている。」、「社長と直接話をする。」等と一方的に話したり、出勤停止期間中IDカードの一時返却を要求された際に、「何に使われるか心配なので返しません。」と返事をするなど、出勤停止処分を無視するかのような態度を示した。

(8)労災事故の隠ぺいがあった場合

【3年以上に渡る労災事故の未報告:東京地方裁判所平成25年9月27日判決(X建設事件)】
工事現場で負傷者が出た事故が労災であるにもかかわらず、それを隠ぺいした従業員(管理職)に対し、会社が諭旨退職処分の上、退職金を20%減額とした事案。
裁判所は、3年以上にわたり一切の報告をしなかったことについて、刑事手続上の措置、行政処分、マスコミ報道がなされなかったものの、行為の悪質性が軽微であったとはいえない等として、退職金の減額を認めた。

5 退職理由により退職金の支給基準に差を設けることの可否

退職金の支給要件や基準は、会社が自由に定めることができるため、退職理由(自己都合退職か、会社都合退職かなど)によって支給額に差を設けることや支給率を区別することは可能です。

会社都合退職を100%とする一方で、自己都合退職の場合は支給率を70%~80%などに減額する規定は一般的に広く普及しています。
一般に、算定基準においてこれらの理由を区別することは、退職金が有する「功労報償的性格」の現れであると考えられています。

ただし、同じく功労報償的性格に照らし、著しく不合理な差をつけることはできないことには注意が必要です。
また、就業規則等において、退職理由によって算定基準(退職事由係数など)が異なることが具体的に規定されていなければなりません。

6 退職後に問題行為が発覚した場合の退職金の不支給や没収・返還請求の可否

従業員の退職後に在職中の問題行為が発覚した場合、退職金の不支給やすでに支払った退職金の没収・返還請求を検討するケースもあります。
この時、就業規則等に退職金の不支給や没収・返還請求の根拠規定があれば、この規定に基づく不支給や没収・返還請求を行うことになります。

一方で、退職金の不支給について「懲戒解雇されたとき」とのみ規定されている例が見られますが、自主退職等によりすでに雇用関係が終了した後は懲戒解雇ができないため、当該規定を適用できないと解されることがあり得ます。
そのため、退職金の不支給や没収・返還請求について、「懲戒解雇に相当する事由が退職後に判明したとき」といった文言を含めた規定を置くことが推奨されます。

ただし、返還規定がない場合でも、懲戒解雇相当の事由があり、本来退職金を受け取る地位になかった者が事実を秘して受領したとみなされる場合、民法703条により、不当利得として返還を請求できる可能性はあると考えられます。
また、労働者側の退職金請求が権利の濫用にあたると判断される場合には、使用者は支払いを拒否したり、返還を求めたりすることが可能であると考えられます。
なお、国家公務員については、「国家公務員退職手当法」に基づき、退職後の刑事罰受領や懲戒免職相当行為の判明による支給制限・返納命令の制度が明文化されています。

とはいえ、いずれも確実とは言い切れず、根拠規定がないことが争点化するのはリスクであると考えられますので、やはり、就業規則や退職金規程に、没収や返還請求の根拠規定を設けておくことが重要であるといえます。
その上で、「それまでの勤続の功を抹消・減殺するほどの背信行為」の有無を検討することとなります。

以下では、退職後に問題行為が発覚した場合に関する裁判例をご紹介いたします。

【東京地方裁判所平成23年5月12日判決:ソフトウエア興業事件】
会社が、競合他社に転職した複数の元従業員に対し、退職金規則所定の退職金返還事由があるとして、支払済みの退職金額相当の不当利得返還を請求した。
裁判所は最初に、会社の退職金規則の返還規定に基づき、退職金支払後に①懲戒解雇事由が明らかになり、かつ、従業員のそれまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があったといえるときに全額の返還請求、②退職後2年以内に会社の許可なく同業他社に就職し、又は同業の営業を行ったときに自己都合退職金額の半額を超える額の返還請求が、それぞれ認められるとした。
その上で、①の行為に該当すると認定された元従業員に対しては全額返還、②の行為に該当すると認定された元従業員に対しては半額の返還を命じる判断をした。

【大阪地方裁判所平成21年9月30日判決:ピアス事件】
「退職金規程に基づく退職金の支給要件を満たす労働者が既に退職した場合、使用者は、同労働者に対して懲戒解雇をすることができず、したがって、懲戒解雇による場合に退職金を不支給又は減額にすることができる旨の退職金規程等の定めがあるとしても、この定めをもって直ちに退職金を不支給又は減額にすることはできないと解される。しかし、上記の場合においても、退職金の性格(特に功労報償的性格)に照らすと、同労働者において、それまでの勤続の功を抹消又は減殺する程度にまで著しく信義に反する行為があったと認められるときは、使用者は、同労働者による退職金請求の全部又は一部が権利の濫用に当たるとして、同労働者に対する退職金を不支給又は減額できる場合があると解するのが相当である。」

【東京地方裁判所平成20年11月28日判決:ソニー・ミュージックエンタテインメント事件】
退職後に懲戒解雇事由の存在が発覚した場合における退職金の不支給や返還を定めた条項がないことを前提に、①退職金を支払うことが余りに正義に反する場合には、退職金請求が権利の濫用に当たるとして棄却される場合があり、②永年勤続の功を抹殺するような非違行為があった場合には、支払済みの退職金の返還請求が認められる場合があると判示。

【大阪地方裁判所平成11年1月29日判決:大器事件】
退職による雇用契約終了後に懲戒解雇事由が判明した場合でも、退職金規程における不支給規定(「背信行為など就業規則に反し懲戒処分により解雇する場合は退職金を支給しない。」と規定)が及ぶとして、労働者側の退職金請求を棄却。
労働者側の背任行為について、悪質かつ重大なものであって、背信性の大きさから、懲戒解雇に相当するのみならず、これを理由に退職金不支給とすることも不当ではないと判断。

【福井地方裁判所昭和62年6月19日判決:福井新聞社事件】
退職金返還に関する根拠規定はなかったものの、従業員の大量引き抜き計画を秘して退職し、その計画が実行された結果、会社の平常の新聞発行業務にも支障をきたしたことが不支給事由に該当すると判断した。
その上で、本来退職金を受給する地位になかったのに支給を受けたとして、元従業員に対する退職金返還請求を認めた。

7 退職金の不支給・減額や没収・返還請求については当事務所にご相談ください

以上のとおり、従業員に対する退職金の不支給・減額や、元従業員の退職金の没収・返還請求といった措置は、基本的に就業規則等の根拠規定に基づいて行うこととなります。

そして、「勤続の功を抹消・減殺するような著しい背信行為」の有無を判断し、状況に応じた措置を検討することが必要となります。
ただし、個々の事案ごとに具体的な事情を考慮して適法性が判断されるため、安易な決定は違法と判断されるリスクが高いといえます。

特に高額の退職金を不支給とするような場合には、その後に従業員が労働審判の申立てや訴訟提起をしてくることを見込んで、客観的な証拠も確保しておく必要があります。

当事務所は、企業側に特化して労務問題の解決の実績ある弁護士が複数在籍し、リスクを踏まえた具体的な対応をご提案いたします。

ぜひ一度、当事務所にご相談ください。

記事作成弁護士:山口龍介
記事更新日:2026年7月27日

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